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by BURZER
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GRAVELAND Interview (前半)
「Graveland=NSBM」という風潮が依然一部でまかり通っているようだが(BURZUMもまた然り)、Darken氏自身が非常に興味深い発言をしているので採り上げる。Official HPに原文が載っているのでそちらも参照して頂きたい。
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Gravelandは一般的にNSBM(National Socialist Black Metal)-バンドとして考えられ、また他の多くのNSBM-バンドにも影響を受けているように思えます。あなた自身は自分のことを国家社会主義者だと思っていますか?また、あなたはWhite Power や国家社会主義組織のメンバーでもあるのでしょうか?>

b0049940_19183548.gif私はGravelandがNSBMだとは思っていないし、それに類する事をいままで一度も公言したことはない。GravelandがNSBMと看做されているのは、私が思うに、多くの人々は私の政治的信念を極度の右翼・NS思想であると言いたいからだろう。もっとも、ある程度それは事実だ。なぜならば、私が抱いている神秘主義、そして古代-ペイガンの信念を最重要視しているからだ。政治的信念などはそれに比すれば重要ではない。Gravelandはバンドであり、ペイガンの神秘性とそれを崇拝した戦士からインスピレーションを得た音楽こそが重要なのである。NSBMという意味はよじれているように思う。NSとサタニズムとが融合した物は真なる政治的信念にはならないし、それは、多くのバンドが指標とする悪魔的イメージの達成には程遠い品物だ。NSBMというものは醜聞と論争を融合した、政治家ではなく音楽家が作り上げた芸術的創作物さ。もしも我々がこの現象を概観するのであれば、NSとサタニズムというイデオロギーとの間に決定的な差を見出し得る。”大三帝国”におけるサタニストという連中は”(毒)ガス室”で死に行く運命にあるという点だ。私はこれを確信しているし、君も私の言葉をよく覚えておくといい。

他にもNSからインスピレーションを受けた他のNSBM-トレンドが存在しているが、しかし、Black Metalな音を依然出しているものの、それはサタニズムとは全く関係がない。
Black Metalというものはいつもサタニズムと関連しているわけであるから、このトレンド一派にも正しい音楽的ジャンル名を付けるにはまさに今だと思うし、(区別するためにも)名づけることが重要だ。

嘗て私は”The Temple of Fullmoon”という、ノルウェーのBlack Metal-サークルを恐らく模範にした団体構成員の一員であったし、その後は”Rodzima Wiara”(愛国心)というペイガン-団体のメンバーにもなったことがある。しかし、それは過去の話であって、今はどんな組織にも属したいとは思っていない。

これ以上、負け、そして喪失したイデオロギーであるNSについて言及する余地は私には無いな。その思想は論理と永遠に進化する法律に対抗するものであるから、(現代の)白人は現実世界と世界が一時的に抱える問題に適合させた新たな思想を探索すべきだと思う。

GravelandのWeb-サイトに載せられた最近のインタビュー記事によると、あなた自身はBlack Metalから距離を置こうとしているように窺えますが、これは事実でしょうか?もしそうであればそれは何故なのでしょうか? 最新アルバム-Fire Chariot Of DestructionはBlack Metal以外の何物でもないアルバムのように思えるのですが・・・>

私は私のバンドをサタニズムとして捉えて欲しくない。Black Metalというものはいつもサタニズムとして捉えられる、というのも、サタニズムというものはBlack Metalと分けるほどができない程強く結びついているからだ。Gravelandは初期の頃からペイガニズムとサタニズムを融合させてきた(つもりだった)。そうなったのは、私が一緒にプレイしてきたメンバーはサタニストであってペイガニズムには興味を抱いていなかったし、だからこそ最終的には我々は別々の道を歩み始め、Gravelandが再びワンマンバンドになったわけだ。そして、それからは、ペイガニズムの精神のみをこのバンドに注ぎ込んできた。
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嘗ては、サタニズムというのは、アンダーグラウンドに存するBlack Metal-バンドの真正性のインスピレーション元であると思っていた。しかし、私の長年の経験から、サタニズムにインスピレーションを得た者というのは、その理想(真正性)や、たとえ親友であっても裏切る程、自惚れた者であることが分かった。サタニズムと結合するなど全くあり得ない話で、存在するはずもないものだ。私はキリスト教の一部としてのサタニズムは”サタニズム”として支持することはできないしキリスト教文化に纏わる全てのものは断固として拒絶する。今日のBlack Metalは商業的なものになっているし、そんなサーカス団の一員になりたくもないしな。私が知る真のサタニストは、今や刑務所の中にいるか、あるいは他界している。彼らがかつて崇拝した悪魔は(皮肉にも)いまや彼らに敵対するものになってしまった。

b0049940_19255716.jpg“Fire Chariot of Destruction”の音はBlack Metalのそれかもしれないが、もし君がそこで展開されている音楽を注意深く聴き取ればそのメロディーは典型的なBlack Metalのそれとは違うということが分かるはずだ。紡ぎだすメロディーはよりペイがニックで叙情的なものであって、私のボーカルの歌いまわしや声質のみが初期の頃から変っていない要素である。私はいつかノーマル声で歌おうと思っているのであるが、いずれにせよ、古いフォークミュージックが私のギターリフのインスピレーション元になっている。嘗てはEmperorやBathoryといったメタルバンドからインスピレーションを得ていたが、あくまで昔の話だ。“Fire Chariot of Destruction”はより力強く、ダイナミック・成熟にしてよりテンポの早い曲になっている。私がテンポを挙げたのはGravelandの聴手がそうさせてくれたからだ。Marduk,Watain,1349-これらのバンドはBlack Metalをやっているが、Gravelandはそうではない。GravelandをBlack Metalと同一視しないでくれ。

あなたはGravelandをあなたの信念を伝達する手段として第一義的に捉えているのか、それとも自身を音楽家としてまず捉えているのか、どちらですか?>

私はGravelandに私の強い信念や意見の重荷を極力担がせないようにしている。この信念は音楽でもって伝えるにはとても重過ぎる。もしもそうしてしまうと、難解過ぎて私の音楽を聴き手が受け取り辛くなってしまうだろう。私はその悩みとなる問題を聴き手に背負わせるつもりはない。思うに人々は政治の病に患わされ、日々の生活の問題を抱え込んでいるが、Gravelandはそれとは異なる経験である。すなわち、今日の世界では見つけることはもはやできない貴重な価値的事象たる異なる次元への旅の指針である。Gravelandでは、私はいつもペイガンからインスピレーションを得ている。歌詞やジャケットカバーの芸術-絵についてもだ。私は本当にそれが好きだ。なぜならば、音楽を通じて先祖の道を歩み、古代の神聖なる場所を訪ねることができるからだ。ペイガンの儀式や古代の闘いの場、そして祖先の一生/生涯に入り込めるのさ。私は毎年ウ゛ァイキングの祭典に参加しているが、そこで素晴らしき経験を得ている。私は神秘的な世界を模索し、我々が生きる意味、つまりは、我々はどこからやってきてどこへ行くのか、その答えを探しているのだ。

それに対し、政治というのは全く異なる世界の話だ。端的に言えば日常的且つ質素なものだ。悪は善に溶け込み、しばしその区別が難しくなるときがある。政治は欺瞞・ごまかし・裏切りそして短絡な人生への魅力で満ち溢れている。もしも私が政治的なものからインスピレーションを得ようとしていれば、私は一曲も制作することはできないだろう。しかしながら、現代のペイガニストもある程度の政治的信念と意見を有しているべきだ。我々はその立場に立ったまま何もしないでいることはできない。すなわち、外部の力が我々の祖先が大事にしてきた神聖なる象徴たる大地を破壊・冒涜している様を受動的に見過ごすことはできない。
私は現代の多くの欧州ウ゛ァイキング達の戦士としてではなく、ヒッピーみたいな振る舞い・態度に強い失望を覚えているんだ。私はいつも”Wotan民族”の思想と哲学をもつ者を支持する。私はペイガニズムからインスピレーションを得ている音楽家であり、政治的な質問に答えることを恐れない音楽家でもある。

では、NSBMではないバンド一群とあなたの関係やそれらに対して抱いている感情というものはどういったものでしょうか?>

嘗ては自身(Graveland)をBlack Metalとして捉えていたし、アンダーグラウンドなスタイルを貫いていてこそBlack Metalが成り立つと思っていた。幾つかの思想的規律も私にとってはとても重要なものだったけれども、それらバンドが有名な雑誌の表紙を飾り、そのインタビュー記事を読んだりして、その規律を破壊されたときはかなり困惑したよ。Black Metalをプレイすることにもうんざりさせられた。でも、私は思想的な理由からBlack Metalをプレイし始めた。
Black Metalはアンダーグラウンド・ミュージックだった。しかし、商業化し、またBlack Metalの思想に背信したその先駆者達が我々をより急進的で過激な方向へ追いやったのさ。
我々は彼らのようにはなりたくないし、同じ過ちを犯すつもりはさらさらない。昔彼らが主張し、実行していたBlack Metalこそが私にとって重要なものだった。しかし、もはや変ってしまい、それら人々やバンドというものは私にとってさほど重要なものではなくなっている。私は自分自身が唯一頼れる人間であるということ、また、一人で独自の道を歩むことができるということに気づいた。

今現在は私が限られた友人、ないしペイガンの信念を抱く人々やバンドにのみ興味があるのであって、他人がやっていることはどうでもいいものだ。Black MetalはDance Musicに変ってしまった。普遍性がBlack Metalの神聖さと精神を殺してしまったのさ。故に、もはやBlack Metalの存在を私には確認することなどできない。私は(Black Metalではなく)独自のスタイルでやっているし、他の物事に関しては気にもかけてない。

DarkthroneのTransylvanian Hungerのライナーノートで”Norwegian Aryan Black Metal”と言及していること、Samothが関わるバンドの内の一つが、ナチの毒ガス兵器の名前を経た後にZyklonと名乗っていること、そしてMayhemが自身のT-シャツに古きSS-Totenkopfの勲章を付していましたが・・・それら全てのバンドをNSBMと呼ぶにはまだ程遠いでしょう。あなたは彼らがNSのシンボル、そして本格的なアーリア人至上主義的レトリックを用いていることに関し詐害めいたもの感じますか?>

当時それらバンドによって支持されてきた急進的な信念なり思想というものは、日々の生活に対する典型的な若者の反抗的態度、そしてそういった極端な考えに対する憧れからくるものだと思う。そういった類のものはいつも若者にとっては重要なのさ。その極端加減さが、彼らが単調な日々を過ごすにあたって積もり積もったストレスを解消してくれる。当時の邪悪なBlack Metalというものは徐々に右翼思想の方向へ傾いていった特色があった。音楽的な表現でいえば、Black MetalはMetal-シーンに徐々に顕在化してきた。アーリア人至上主義や第三帝国の達成に関し言及することでBlack Metalがより急進的で”evil”なものになったのさ。
サタニズムとNSを複合させることは、日々の平凡な生活に矛盾を感じ、不真面目に過ごしていた連中にとっては強く惹き付けるものがあったし、人々がMetalをプレイする上で広くサタニズムを用い出すようになった際、それら若者世代にとってはそこから秀でるための強き武器が必要になった。そして、急進的な右翼思想がまさにその武器になったのさ。何も失わず、お金なんかも気にする必要もないわけだしね。彼らはただ注目を浴びたかっただけなのさ。これが、サタニストがやっていた活動の概要であり、その実体の証明だよ。

b0049940_1930379.jpgここで言及せねばなるまい。相手を脅しサタニストの脅威を広げるために行なった教会放火や他の闘争行為は結果的にそれらのバンドに多くのアルバム売り上げ利益を得させることになったわけだ。しかし、彼らは当初お金の為にそれらの行為をなしたわけではないということを我々はよく覚えておかなければならない。お金は後からついてきたものであり、それが彼らの姿勢を変えてしまったんだ。政治的な表現にしても激しい気質の裏返しさ。

一つ面白いことがある。というのも、スカンジナビア半島の今の世代によるMetal-シーンというものは彼らを模倣していない点に驚いているんだ。ポーランドでは若者連中によるバンドは昔から変らずNS思想・サタニズム、あるいはペイガニズムの信念を持っているのに。DarkthroneやEmperorに戻って考えてみると・・・アルバムの売り上げ枚数や大きなレーベルと契約するのに悪影響を与えないようにするため、彼らは真に抱いていた信念を隠していたんだと思う。多くの若者連中のバンドに関しても同じく。でもそれは一時的なものだろう。ヨーロッパでは病んだ移民-イスラム人達がだんだん洪水のように押し寄せてきている。とりわけスカンジナビアは今最悪の状態にあり、オスロは徐々にイスラム人の第二のメッカになりつつある。

あなたは多くのGravelandファンは音楽だけを楽しむだけで、あなたの(人種上の)信念について共感していないということにお気づきですか?もしそうであれば、彼らに対しどう応じていますか?>

そういった連中は多くいるよ。彼らは(Gravelandの)音楽を聴くだけであって、私の歌詞やインタビューは読みもしないし、それらを読む者は私といくらか議論したがっている。
私は音楽家であり、音楽を演奏し、制作をしているが、大衆に私の音楽を聴くよう請求できない。逆にGravelandを聴かないようにすることもできない。結局は私の音楽は皆のものではないということだ。大手のレーベルと契約することは私の夢でもなかったし、広く聴衆を探し求めてもいない。アルバムの売り上げをさらに伸ばすために信念を曲げるつもりもない。時折私に議論/質問を投げかけてくる奴もいるが、それを打ち負かせば打ち負かすほど敵対者が増える。しかし、これこそが私の音楽というものなのだ。”Alone against all”。
君ができる唯一のことというのは、息が尽きる最後の時まで戦い、己が抱く信念と価値観に忠実であることだ。

個人的には白人でない人々が私の音楽を聴いていることにより関心がある。状況をみるに、私の信念は、幾らかの点において、世界的なものであり、似たような目的に向かい他の人種の人々をも鼓舞するものがあるということに気が付いた。幾つかの側面で我々が共感できるものがあるのさ。例えば・・・多文化主義の有害さ-人々の個性や思想に悪影響を及ぼす点。我々は皆、我々の文化並びに人格・意思の支柱となっている霊性を保持するために人種的遺伝が必要となる。自己の価値と個性の認識は知識と各々の民族の習慣と伝統に対する尊敬の念に由来することなのだ。我々の血・肉、そして精神性の土壌たる固有のペイガンの信念への回帰。

反ユダヤ主義というものは生まれつきの本能や(ユダヤ人がしばし言うように)ユダヤ人に対する嫌悪ではなく、現在をとりまく政治的状況や世界的なユダヤ人内での活動に対する所見と評価に起因するものだ。全ての者は現代の情勢を判断し、主張する権利を有する。しかし、それを禁じる権利は誰にも無い。

あるラップグループのインタビューで、そこの黒人の人がアフリカ人のルーツにまで戻った上、彼らのペイガニズムについて語っていた。同時に、キリスト教に対する嫌悪や他の商業化したポーザー・(ラップ)グループが本来の精神と高潔さを破壊したことを語っていて、これを読んだときはかなり驚いた。(他の人種に)親しみがあるように感じるだって?(笑) もし君が私の異人種・異文化に対する態度につき問うならば、私はそれら人種・彼らの歴史や文化に宗教、そして精神的到達点に関する知識に視点を当てなければなるまい。


Original Copyright reserved by Decibel Magazine & Darken
Copyright of Translation reserved by BURZER
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by BURZER | 2006-06-12 03:03 | Graveland
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